Top / 自動詞
HTML convert time: 0.011 sec.

自動詞

Last-modified: 2017-05-09 (火) 01:21:48

✧ 自動詞

自動詞は定点系と任意系の区別があり、それぞれ意志自動詞と無意志自動詞に分けられ、そこから更に
”自発自動詞”
”発動自動詞”
”従動自動詞”
の下位分類があります。

「定点系」は着点もしくは起点が暗黙に意識されてる系の自動詞の事で、「見える」「被さる」等がこれにあたり、定点系の自動詞は再帰系の他動詞に対応しています。

「任意系」は定点系とは違い、着点や起点が必ずしも意識されない系の自動詞の事で、「走る」や「飛ぶ」等がこれにあたり、任意系の自動詞は単向系の他動詞に対応しています。

【意志・無意志について】
まず、「意志自動詞」とは言葉の通りに意志的に行う動作を表す自動詞の事です。
「無意志自動詞」とは意志自動詞とは逆に、意志が無く行う動作を表す自動詞の事です。
意志自動詞と無意志自動詞は現実世界の言語学でいう非能格自動詞と非対格自動詞に相当します。
これについては通常は文脈などで判断する事になります。

【自動詞の下位分類】
下位分類の自発、発動、従動の詳細は以下の通りです。

  • [自発自動詞]
    自発自動詞はその動作が誰かにきっかけを与えられたわけでもなく、
    意志的であれば自らの意志で、
    無意志的であれば突然自然的に発生する事を表す自動詞です。
    (自発という言葉は日本語では「自ら進んで行う」と「自然にそうなる」の二種類の意味がありますが、意志自動詞であれば前者、無意志自動詞であれば後者の意味になります。)

  • ЯAI SVEET_ЯOG
    私は走った
  • [発動自動詞]
    発動自動詞は誰かにきっかけを与えられ、”潜在的な動作性”が発動する事を表す自動詞です。
    意志的であればきっかけを与えられた事により自らの意志で動作性を発動する事を意味し、
    無意志的であればきっかけを与えられる事により自らの意志がなく突然動作性が発動する事を意味します。
    きっかけの与え手は背景化されています。
    ここでいう”潜在的な動作性”とは”動作の可能性”を意味します。
    これは特に複雑な意味はなく、要するに行い得る動作が全て潜在的な動作性という事になります。

    この発動自動詞を他動詞で表現した場合は、発動自動詞の主語だったものは他動詞構文では目的語の位置になり、きっかけを与えたと考えられる他動者は主語の位置に顕在化されます。
    他動詞構文に言い換えた際に主語の位置に顕在化される他動者は対象が動作性を発動するきっかけを与えただけと考えられるので、正確には「誘発者」といいます。

    具体的に言えば、
    レキサという人物がドアに対して軽くコツンと押すという働きかけだけをして、後はその力を利用して蝶番が動き、ドアが自律的に開く(ドアの潜在的な動作性が発動)という状況は、誘発者であるレキサを背景化せずにそのまま他動詞構文で表現すれば、

    LEXÄ ESP_ЯOG SEED
    レキサがドアを開けた

    になりますが、これを動作対象であるドアの方を前景化して誘発者のレキサを背景化した場合は

    SEED AMP_ЯOG
    ドアが開いた

    となり、それが発動自動詞(構文)という事になります。
    この場合自動詞なので誘発者は背景化してますが他動格JATTINを使う事で、

    SEED AMP_ЯOG JATTIN LEXÄ
    ドアが開いた レキサによって

    のように誘発者を顕在化させる事も可能です。

    発動自動詞は強いて言えば現実世界の言語学でいう反使役動詞に相当すると思いますが、定義や考え方が大分異なりますので注意が必要です。

    [注意点]
    注意が必要なのは反使役で言われる内在的コントロールとゼノスでいう潜在的動作性は、
    似たような感じですが、やや異なります。
    内在的コントロールというのは「変化対象そのものが使役者として働く資格、性質」の事で自発性・自力性の事を言います。
    しかしそれが本当に外的な要因がなく自発的な動作であるならゼノスでは自発自動詞で表す事になります。

    そして反使役化というのは他動詞構文での目的語となっている動作対象の自発性、自力性を重視した結果、自身を自ら動作(変化)させると捉える=使役者と動作対象自身が同化したと捉える事(要するに印欧語の再帰動詞的な意味構造になり、その結果動作対象が主語位置にくる自動詞構文になる)ですが、
    ゼノスの発動自動詞はそういった考えではなく、ベースとなる他動詞構文での動作者(他動者)はあくまでも動作対象の潜在的な動作性を発動させるだけの働きかけしかしておらず、動作対象の方に着目し、動作対象を主語にした発動自動詞構文でもそのきっかけの与え手は不可視化されているだけで実際にはきっかけの与え手としてのまま斜格(他動格)に移動(背景化)しています。
    つまりゼノスの発動自動詞の主語は決して使役者(ゼノスでいう他動者)と同定されているわけではありません。
    発動自動詞はあくまでも誘発他動詞の主語を背景化し、目的語を前景化した自動詞です。

  • [従動自動詞]
    従動自動詞は実際には他動者が別にいるものの、その他動者を背景化し、動作対象のみに着目し主語の位置に移動させる事によって他動詞の動作対象を前景化させた自動詞です。
    意志的か無意志的かの違いは実際の他動者の行為を従動自動詞での主語が意志的に受け入れてるかそうでないかの違いです。

    この従動自動詞を他動詞構文に言い換えると従動自動詞の主語だったものは他動詞構文では目的語の位置になり、きっかけを与えたと考えられる他動者は主語の位置に顕在化されます。
    この他動者は発動自動詞構文を誘発他動詞構文に言い換えた際に主語の位置に顕在化される「誘発者」とは違い、対象には一切の自立性はなく開始点から完了点まで対象に変化を与えるので、正確には「遂行者」といいます。

    具体的に言えば、
    レキサという人物がドアノブを掴みグーっと最後までドアを開けきるような状況は、他動者(遂行者)であるレキサを背景化せずにそのまま他動詞構文で表現すれば、

    LEXÄ ESP_ЯOG SEED
    レキサがドアを開けた

    になりますが、これを動作対象であるドアの方を前景化して誘発者のレキサを背景化した場合は

    SEED AMP_ЯOG
    ドアが開いた

    となり、それが従動自動詞(構文)という事になります。
    この場合も他動格JATTINを使う事で、

    SEED AMP_ЯOG JATTIN LEXÄ
    ドアが開いた レキサによって

    のように遂行者を顕在化させる事も可能です。
    (ちなみにESPは実際は「開ける」という限定的な意味の他動詞ではなく、目的語の機能・動作等を活動状態にさせるという意味を持つ代他動詞で、AMPはそれの自動詞版です。
    ゼノスでの自動詞と他動詞は通常は「PЯEYM(見える)-PЯAYM(見る)」「SVEET(走る)-SVOOT(走らす)」のようにアプラウトの関係にありますが、上記の例で使われている他動詞ESPと自動詞AMPのような特殊な代動詞などの場合は別の形になっているものもあります)

    従動自動詞は強いて言えば現実世界の言語学でいう脱使役動詞に相当します。

【下位分類の区別について】
これら三種類の自動詞は、例に上げたように形態上では区別する事ができません。

ではどうするかというと、実は冠詞の第一スロットの前に第零スロットがあり、そこに下記の要素を指定した冠詞を主語となる名詞の前に置く事で区別する事が可能です。

  • [第零スロット]
    自発者L
    発動者SH
    従動者W

    (下記では定性無指定・無焦点・数無指定の冠詞EALに第零スロットの要素を追加した冠詞を使います。)

  • LEAL'SEED AMP_ЯOG
    (自発者)ドアが開いた
    であればこのAMPは自発自動詞

    SHEAL'SEED AMP_ЯOG
    (発動者)ドアが開いた
    であればこのAMPは発動自動詞

    WEAL'SEED AMP_ЯOG
    (従動者)ドアが開いた
    であればこのAMPは従動自動詞

    というように区別します。

    ただ、意志的か無意志的かを区別する方法はないので文脈や発話時の状況やニュアンスで判断するしかありません。
    (一応区別する方法はなくはないのですが、ひとまずここではないとしておきます)