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思制

Last-modified: 2017-05-12 (金) 23:59:17

✧ 思制

思制は”与影者の主観的意図性や受影者の主観的解釈・捉え方(感情)などの事象に対しての動詞にかかる心的性質を表す文法要素です。

与影者は影響を与えるもの
受影者は影響を受けるもの
なので、
与影者=動作者と考えても構わないのですが、受影者は必ずしも動作対象(被動作者)の事ではなく、発生した事象によってあくまでも状況の変化などの何らかの影響を受けるものの事を言います。
しかし結果的に動作者や被動作者が受影者となる場合もあります。
(というか日本語でいえば”てみる”や”てやる”などで、要はこれもモダリティなので、ゼノス語でいえば法制や心制とわけるべきではないのかもしれませんが、これはあくまでもゼノス語的な解釈で独立した文法要素となっています)

思制詞は動詞と時制詞の間(正確には動詞と時制詞の間にある”_”の後ろ)に置きます。
全ての思制詞は末尾に記号”≫”が付いています。
思制は与影系と受影系の二つに分けられています。
与影系は事象に対する与影者の意図性を
受影系は事象に対する受影者の解釈(感情)を表します。

【与影系】

試行〜てみるLIM≫
準備〜ておくSOB≫
実現〜てみせるHИEIS
授益〜てあげるWAG≫
不授益〜てやるSHADGH≫
  • [試行] LIM≫ 〜てみる
    その動作を行う事によって受影者にとっての新たな知見の獲得や何らかの状況変化を期待するという与影者=動作者の意図性を表します。
    この場合は与影者自身が主な受影者になります。
    話者が与影者=動作者の場合はそのまま試行という意図性の明示という事になりますが、
    話者が与影者=動作者でない場合は、与影者=動作者に試行という意図性があるかどうかは問題ではなく、与影者=動作者の動作に主観的に試行という意図性を見出している表現という事になります。
    否定はJIDIM(〜てみない)。

  • ЯAI FALAL_LIM≫ЯOG FARLA
    私は歌を歌ってみた
  • [準備] SOB≫ 〜ておく
    ”その動作を行う事によって受影者に未来の方向に想定される望まない何らかの事象を回避する”という与影者=動作者の意図性を表します。
    この場合も話者自身が与影者であり主な受影者になります。
    話者が与影者=動作者でない場合は単純に状況などから与影者=動作者の動作に準備という意図性を主観的に見出している表現という事になります。
    否定はJIDOB(〜ておかない)。

  • ZIT_SOB≫ЯOG SEED
    ドアを閉めておいた
  • [実現] HИEIS≫ 〜てみせる
    その動作を行う事によって、受影者に対して何らかの証明や提示、何かのための参考・手本としての披露、心理状態の間接的な伝達など要するに「実現する」という与影者の意図性を表します。
    この場合、与影者である動作者自身を受影者と考えれば、その受影性とは何らかの疑いが晴れる事だったり、他の与影者との意思疏通であったり、自らの能力の顕示を意味し、
    動作者以外を受影者と考えれば、その受影性とは与影者に対する信頼感の回復、与影者=動作者との意思疎通、何かのための参考・手本としての知識の獲得などを意味します。
    これは与影者=動作者が話者となる場合は「実現する」という意図性をそのまま明示してる事になりますが、
    話者が与影者=動作者ではない場合は、
    実際に動作者に実現的な意図があったかどうかは問題ではなく、そこに「実現する」という意図性を話者が主観的に見出した表現という事になります。
    否定はJIDИEIS(〜てみせない)

  • VUI GAIZ_HИEIS≫ЯOG DAѤL
    彼は壁を壊してみせた
  • [利益] WEG≫ 〜てあげる
    ”その行為によって受影者に何らかの利益を与える”という与影者の意図性があるので、この場合の受影者は主に聞き手や動作対象になります。
    しかし、その行為を実際に受影者側が自身の利益と考えるかは問題ではなく、あくまでもそこに授益性を見出すのは主に事象に意図性を付加する動作者自身(与影者)となる話者の主観です。
    そして話者が与影者=動作者でない場合は、
    与影者=動作者の動作に授益という意図性を主観的に見出している表現という事になります。
    否定はJIDEG(〜てあげない)。

  • LEѤM_WEG≫ЯUZ FEW
    貴方を眠らせてあげる
  • [不利益]SHADGH≫ 〜てやる
    ”その行為によって受影者に何らかの不利益を与える”という与影者の意図性があるので、この場合の受影者も主に聞き手や動作対象になります。
    しかし、その行為を実際に受影者側が自身の不利益と考えるかは問題ではなく、あくまでもそこに相手にとっての不利益性を見出すのは主に事象に意図性を付加する動作者自身(与影者)となる話者の主観です。
    そして話者が与影者=動作者でない場合は、
    与影者=動作者の動作に不授益という意図性を主観的に見出している表現という事になります。
    否定はJIDИADGH(〜てやらない)。

  • BANG_SHADGH≫ЯUZ FEW
    貴方を殴ってやる

【受影系】

非意図〜てしまうSWAIŸ≫
受益〜てくれるWEUS≫
不受益〜てくれるNAOB≫
  • [非意図] SWAIŸ≫ 〜てしまう
    それが非意図的であるという受影者側からの事象に対する解釈(感情)を表します。
    基本的には”受影者が意図してない事”ですが、それ以外にも”受影者側が思い描いていた事や期待・願望と違う結果=不本意”も意味し、そこから拡張され、”制御できた場合とは違う結果”=非制御的な意味で使用される場合もあります。
    この場合の受影者は主に話者になります。
    話者が受影者ではない場合は話者が受影者と捉えている対象に同化、あるいは共感的に、対象にとっての非意図性を見出している表現ということ事になります。
    この場合の受影者とは動作者自身という事も十分あり得ます。
    否定はJIDAIŸ≫(〜てしまわない)。

  • MEXITH GEIZ_SWAIŸ≫ЯOG
    機械が壊れてしまった
  • [受益] WEUS≫ 〜てくれる
    発生する事象に対して何らかの利益性を感じるという受影者側の解釈(感情)を表します。
    これは事象を発生させた動作者に受影者への授益的な意図性があるかどうかは問題ではなく、そこに利益性を見出してるのはあくまでも主に受影者となる話者の主観です。
    話者が受影者でない場合は、話者が受影者と捉えている対象に同化、あるいは共感的に、対象にとっての受益性を見出している表現ということ事になります
    否定はJIDEUS≫(〜てくれない)。

  • QUI BANG_WEUS≫ЯOG VUI
    彼女が彼を殴ってくれた
  • [不受益] NAOB≫ 〜てくれる
    発生する事象に対して何らかの不利益性を感じるという受影者側の解釈(感情)を表します。
    これは事象を発生させた動作者に受影者への不授益的な意図性があるかどうかは問題ではなく、そこに不利益性を見出してるのはあくまでも主に受影者となる話者の主観です。
    話者が受影者でない場合は、話者が受影者と捉えている対象に同化、あるいは共感的に、対象にとっての不受益性を見出している表現ということ事になります。
    否定はJIDAOB≫(〜てくれない)。

  • VUI BANG_NAOB≫ЯOG ЯAI
    彼が私を殴ってくれた